別冊ジャパネスカ|日本の技・匠の世界


























建具が日本の風景から消えつつある。
建具屋の危機とは、日本らしさが
失われていることの裏返しかもしれない。
ブランド開発の基準とは。
本物の木にこだわる理由とは。
紀州和歌山から建具ブランドを開発、
全国展開をもくろむ向井氏を
和歌山の工場に訪ねた。




建具の世界は身近にあったのですね。

小さな頃から父親の仕事を見ていて、跡を継ぐのかなあと。うっすらとね。


事業を受け継いだのはいつですか。

22歳の時ですね。


事業の継承時からメジャー志向でした。

それまでは下請けだったんですね。それも同じ地域内の下請です。

だから、これではどうもメジャーでないと、これではだめだと思って、兵庫、大阪、奈良と、関西一円のお客様をめがけて営業に行き出ました。

食品関係の会社にいた折に、土浦の方で研修や営業をしていたこともあって、土地勘がありましたので、関東へも出かけましたね。

フラッシュドアの製作をしながら、今日は、ここ、明日はあそこ、というように、あちこち出かけましたね。


現在、お取り引き先は、どのくらい。

父親の時は、約5社程度だったんですが、今では60社ほど、新規で取引先を得ています。





会社を引き継いだ当時、日本の建具業界の経済状況は、どのような状況でしたか。

バブルがはじけまして、業界丸ごと、落ち込む一方でしたね。

今では、「建具」と書いて「たてぐ」と読んでいただけない方々も増えました。私は、タテグと、あるいはTATEGUと表記するようにしています。

初めから危機感がずっと隣合わせでした。だから、自分が考えた商品を展示会に出そうと、このブランドで勝負しようと、もうこのブランドだけ、前だけしか見てなかったですね。


危機感から、前のめりの営業に成らざるを得なかったと。

そうです。その危機感が、「WOODFACE」というブランドを作ったようなものですね。


ブランドの商品開発では、具体的に、どのようなものを。
タナドアや、ニッチの扉とか。いろいろ試作しました。

2001年には、ブランド製品を陳列するために、自分の家も改築して、展示用の和室を作りましたし、大きな借金を抱えました。(笑)


その家は反響もあったとか。
ええ、新聞取材もしていただきました。その記事が業界の方の目に止まりまして、東京へ来ないかと、お誘いを受けたのです。いっしょにやろうよと。

この経験がきっかけで、こちらも調子に乗りまして(笑)、建具組合の展示会とか、どんどん出展していったんですね。


でも、一気に成功したわけでもない。

はい。そんな営業ではコストがかかりすぎまして、直接の販売にはつながらなかったんですね。


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■アイディアを考えるのは、どのようなシチュエーションで。

車の中が多いですね。車窓から見たものを、バチバチ、とにかく写真を撮りまくるわけです。

勿論、そのまま採用するわけじゃなく、自分なりにアレンジして改良していく、ということですね。


■アイディアはお客様あってのものという考えがありますね。

そこは、度外視しましたね。自分がいいと思ったものを作っていきましたね。そこが基準でした。

つまり、自分が喜ぶ、楽しめる、というのを大切にしましたね。


■それは正解でした?

今となったら、そういったいろいろな考えが、その後の参考資料として生かされていますね。

それらのアイディアは、展示会でお客様に必ず渡していますCDの中に、詰め込まれています。


■ブランド「WOODFACE」に込める想いとは?

文字通り、「木の顔」です。本物の木の素顔を見せていこうと。

やはり、偽物というのは嫌なんですよね。これだけは、きちんとしておきたい。


■本物の木で勝負する理由とは。

そうしないと、本物の木でないと、我々には、仕事が回ってこない。

これは、結論なんです。

ああいう、見た目が綺麗で、偽の木で創られた、合板ばっかりのつくりものではなく、僕としては、杉や檜といった、本物の木を売ってあげたいんですよ。


■本物を愛する人に、本物の木と出会わせてあげたいと。本物の木は、偽物と違いますか。

本物は、呼吸してますね。
だから、ちょっとした修理も効くんです。



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■本物の木にこだわる理由は何でしょう。

そうしないと、本物の木でないと、我々には、仕事が回ってこない。
これは、結論なんです。

見た目が綺麗で、偽の木で作られた、合板ばかりの作り物ではなく、杉や檜といった、本物の木を売ってあげたいんですよ。


■本物を愛する人に、本物の木と出会わせてあげたいと。
本物の木は偽物と違いますか。

本物は、呼吸してますね。
呼吸してますと、ちょっとした修理も効くんですね。


■なるほど本物の木は蘇生すると。

偽物は綺麗すぎて、傷が付くと、本物では思いもよらない、逆に汚さが目立つようになる。

本物の木は補修が可能だし、必要なんです。


■補修が効かないと簡単に取り替えられる。

ええ、お施主さんも、間に入る業者さんも、「はい、お作り変えましょ」ということになるんですよね。

それは悲しいじゃないですか。

お付き合いしている家具屋さんなんかは、取り扱っている商品のことを「この子」って言うんです。「これ」とか「この商品」でなく、「この子」って呼ぶんですね。「この子かあ、そうかあ、今日出すのか?」とか言います。

自分で作った家具はモノではなく、人間としての「この子」なんですね。


■木には愛情が込められていると。

愛情が入り込んでいないと、建具がちょっと欠けたり、引っかき傷が付いたりすると、あっさりと、はい作り変えて、新しいの持ってきて、となる。

そうじゃないでしょと。愛情が入っている無垢の木だったら、削ったり、水濡らしたり、お湯につけたり、ちょっと膨らましたりして、カンナで削ったりして、いつまでも付き合おうとする。補修も効くし、大事にされる。





■建具が本物の木で作られる良さとは。

生きることです。先ほど見せた雨戸も、40年経過しているものですが、中が割れてさえいなければ、一生、持つんですよ。

あれは、なぜあんな風になったかといえば、塗装を途中で止めてしまっただけなんですね。何年かすると、脂分が抜けてしまいますんでね。


■本物の木はいつまでも愛情が必要なわけですね。
そもそも木の魅力とは。

まず香りですね。これは本物の木にしか味わえないものです。
杉とか檜とか、癒される。持った瞬間から癒されますね。


■鉄やコンクリートなどの建築素材については、どう思いますか。

それなりに美しいんですが、そういった建築物には、本来の建具とは相いれない、思いもよらない素材を使った建具が入り込んでいます。

化粧版のシートを張った建具とかね。それは味がない。香りもない。


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和歌山の建具業界は、日本の中でも有数の古い歴史があります。
建具屋さんの数は、どうなっていますか。

減っていますね。

和歌山の建具組合の理事をやってるんですが、今年は、99社になってしまいまして、20年前は、250ぐらいありました。半数以上が、脱退したり、廃業したりしているんですね。

結局、一人、二人の事業主が圧倒的ですね。うちのような14、5人とかいる建具屋は、めったに少ない。


■全国的にも同じような傾向ですか。

同じですね。総じて高齢化していますし、辞めていかれる。

うちには24歳の若い職人さんがいますが、一般には、50代、60代がほとんどで、20台、30代はいませんね。そうなると、2、3年で店をたたむようになる。


大きな原因は。

建築に和室そのものが少なくなってしまった、ということですね。

(建具以外の素材を使う方が)コストが安い、建具材にはクレームが多いなど、要因が挙げられます。そうなると、最終的には、利益が出にくい。


■工場では若い方も働いていらっしゃる。
職人の方々の気質の変化というものはありますか。
大きく違うと思います。時間の過ごし方とか、昔の方などは、朝の7時から、夜10時11時まで働いていますが、今の子は、自分の時間を大切にする。

朝8時半なり、夜などは6時には帰るとか、そういった面では余り縛らないように、物事も決めつけないように、気を付けています。あまり型にはめてしまったり、管理してしまうと、不満が出てしまう。

ですから、自由にさせていますね。


若い方々には職人技に憧れの意識もあるのでは。

あると思います。一方で、自分の時間も大切にする。そこを崩しちゃうと、続かなくて辞めてしまいますね。

丁稚の頃はアルバイト並みの給料ですから、経済的には厳しいわけです。


技術的な教授方法は、昔ながらですか。

いいえ、教えます。
昔のように、見よう見まねじゃなくて、きちんと教えてしまいます。(笑)

それで、3年程度かかります。修行の3年過ぎれは、受け取りと言って、この商品をいついつまでに作ってほしいと、仕様書を渡します。

本人は、その仕様書に従って、自分の時間で作っていくということになります。


■管理は自由に、技術は親身に。

無理を言う場合もあれば、無理させない場合もあります。

どういうことかというと、仕事が少ないから無理を言わない。仕事が増えてくれば、どんどん無理を言うことになります。(笑)

現在、障子を定期的に作っていますが、外注さんも入れて、8人くらいは障子を担当しています。障子の場合は短納期ですので、無理を言わせてもらってます。(笑)


■無理って、どのくらい?

障子だと、普通、1週間かかりますけど、1日でやってしまいます。勿論、簡単な建て売りの物ですが。

ただ、早いけれど利益は上がらない。1日で作ってしまうということは、他の仕事を止めることになってしまう。

作業の流れを止めてしまうと、利益的に納品物を1日で上げていくことでカバーしきれない。そこが難しい。


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■将来のお話をしたいのですが、どんな建具屋さんにしたいですか。

やはり、まずは、住宅そのものが、木造りの家に戻ってほしいですね。
杉、檜といった日本の古来の国産材をふんだんに使った住宅を普及させたいというのが願いです。


■現在、商品開発はどのような進行状況ですか。

今、「タナドア」商品を押してます。これは洋風で作っているのですが、これを杉なり檜で和風仕立てにできますので、今は、これに取り組もうとしています。

また、組子格子です。これもずっと手掛けてきたものですが、さらにパワーアップさせたいと考えています。


建築家、建具職人でもあり、一方で経営者としてのマインドも蓄えていますね。

それは、最近ですね。2009年、稲盛さんが、和歌山に、市民フォーラムで来られた時ですね、経営に関心を持ったのは。塾生にさせていただきまして、テンションが上がってしまいまして。

毎月、全国で活動があるんですね。今月は横浜、来月は、どこ、、というふうに。稲盛さんの経営に関する12カ条というものがあるんですが、これはきっちりあたまに入っていますね。


■松下幸之助など、和歌山は世界的な経営者を輩出しています。

松下さんの生家は工場の近くで、よく通ります。身近な存在です。


■経営者として、最も大切にしているものとは。

人とのつながりです。

人とつながれば、自分をアピールすることができますし、ギブアンドテークしていくことができる。つながって自分の懐を見せると、相手も胸を開いてくれる。そうなることで、お互いにいっしょにやっていきましょう、ということになる。


■建具業界の構造的に非常に難しい中で、黒字に転換させました。現在の目標とは。

今期から黒字に転換できるようになります。やっとです。

この黒字経営をどう維持していくかが、これからの課題であり、目標です。

やはり、黒字になった取引の相手先というのがありまして、そのお客様とコラボレーションをどれだけ密にしていくか、ということが大切だと感上げています。

また、同時に、そこだけだと、偏りがありますので、いろんなお客様とつながりが欲しいところです。

でも、新規での開拓というのは、難しいんですよ。悲しいかなです。(笑)


■ぜひ日本一の建具屋を目指してください。

それは、もっと難しい。(笑)


■最後に、どんな家が理想ですか。

コンクリートなど、木ではない異なった家にも、日本の家には、本物の木の建具が組み合わされてほしいと思います。


■建具のある風景ですね。

本当なら、従来の屋根葺きとまではいかないまでも、塗り壁、土壁工法の家に、無垢の木の建具には、いちばん相応しいと思いますね。

個人的には、昔ながらの建て方になんとか戻ってほしい、という願いがあります。木造りの家が戻れば、建具がまた見直されるのじゃないかなと思っています。

今、日本らしい和室がどんどん無くなってきてしまっている。そのことが僕の本当の危機感なんです。





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取材文責:WASEDABOOK編集部